現役外資系コンサル虎の巻【コンサルへの就職・中途未経験の転職希望者必見の情報満載】

コンサルティング業界の実情から採用面接時のポイントまで現役の外資系コンサルタントの視点から切り込みます。たまに時事問題についても語る予定です。

三浦春馬さんの自殺からウェルテル効果を考える【後追い自殺を防ぐ報道ルール・メディアの在り方】

スポンサーリンク

最初に、私のスタンスを書かせていただきますが、

自殺は悪です、自ら死を選ぶことは悪いことです。

加えて故人に対する批判をする気もありません。

 

一つ言えることは、見た目も良くて、歌もうまくて、背も高くて売れっ子

で多くの人が羨むような存在に見える三浦春馬さんが自殺と言う手段を取られたことに対して、普段、私たちが見ているものは表面的なものだけであって、

人の内面には外に出ていない苦悩があるんだろうなと言うことを再認識しました。


 

ウェルテル効果とは

自殺に関連した事象として

ウェルテル効果

と呼ばれるものがあることを皆様ご存じでしょうか。

 

一言で言うと、マスコミの自殺報道に影響され、自殺が増える事象

を指しています。

この事象は、ゲーテ著の「若きウェルテルの悩み」で主人公のウェルテルが最終的に自殺したに影響された若者が多数自殺したことに由来しています。

 

自殺が自殺を招く事象で、ぱっと思いつくのは、「後追い自殺」だと思います。

これも一つのウェルテル効果に該当します。

尊敬する人、憧れの人、愛する人等の自分が強い好意を寄せる人物が自殺したことによって、

自分も後を追って自殺する人は一定数います。

 

X-JAPANのhideさんが亡くなった(警視庁は自殺と断定)時も、後追い自殺をするファンが相次ぎ、YOSHIKIさん等のメンバーがファンに自殺を思いとどまらせるように記者会見を開くまでの事態に発展しました。

 

一方で、自殺者と自分の接点が低い(特に好意を寄せていない)にもかかわらず、

報道を聞き連鎖的に自殺を選ぶ人も多いとの説があります。

これもウェルテル効果に該当します。

 

内閣府の経済社会総合研究所の調査によると、

著名人の自殺の報道後、10日間は自殺報道がなかった時と比較して自殺者が4.6%増加したとのデータを発表しています。

年齢別の自殺の増加比率を見てみると、

60代男性:9.3%増、20代女性:9.2%増、40~60代女性:8%増という順になっています。

意外にも感受性の強い10代の若者ではなく、60代の男性がトップです。

ちなみに10代の自殺者に増加傾向はみられなかったそうです。

 

かつ著名人のうち連鎖的に自殺を引き起こした比率が高かったのは

政治家・裁判官で圧倒的に高く

約7.7%増(男性の自殺者だけに絞ると9%以上増)

次が芸能人の場合で5.67%増ですが、女性の自殺者は8.6%増になったとのことです。

出所:芸能人や政治家の「後追い自殺」はこんなに多い!60代は1割も増、10代ではほぼ0の怪

 

ここは政治家・裁判官への共感が60代男性には強くて、女性はファンだった憧れの人が亡くなったことに対する後追い自殺を招いたという可能性もあるでしょう。

 

著名人の自殺が、

潜在的に自殺したいなぁと考えていた人の自殺願望を強めたため、

著名人の自殺後、一時的に自殺者が増えた、

つまり実行時期を早めただけと言う説もあります。

 

しかし、その仮説に基づくと、その後は一時的に自殺者数が減るはずですが、

そのような傾向はみられないため仮説は誤りとしている学者もいるそうです。

 

私が思うには、

著名人の自殺が

自殺願望者の実行時期を早める

自殺を全く考えていなかった人にも自殺という選択肢があることを知らしめる、

 

結果、一時的に自殺者が増え、加えてその後、

一時的に自殺者が減ることも生じない

というからくりではないかと思っています。

 

繰り返しますが、自殺は悪、悪いことです。

貴方が生きている意味が何か、

と問われても正確に答えることはできないですが、

自殺が悪いこと、という認識は世間強く残って欲しいです。

 

自殺が何故悪か、と言う質問をされたとしても正確な答えを出すのは難しいです。

 

あえて言うなら、周囲の人を悲しませるからでしょうか。

 

私自身は、自分の人生は自分で決める!という意識の強い人間ではありますが、

生と死ということに対しては、人の手で決めてはいけないことだと思っています。

 

 

祖父の話

新聞記事にも何度か載っているのですが、

私の祖父は、戦時中、海軍で飛行機に乗っており、

映画「硫黄島の手紙」のモデルになったような戦地へ手紙の輸送や司令官の護送を行っていました。

硫黄島にも何度も行ったそうです。

しかし、戦況が悪化したことに伴い、1945年8月19日が特攻予定となっていました。

8月15日の日本の降伏により、終戦したことで、特攻に行くことを逃れたのですが、

日本が終戦した悲しみよりも、「自分は生きられるんだ」という喜びの方が勝り、人生をもう一度立て直そう、生を全うしようと言う気になったそうです。

実際、終戦日があと一週間ずれていれば、今の私は生を受けていなかったです。

 

私の祖父は生きると言うことに対して次の様な言葉を残しています。

死ぬというのは難しく、尊いことであるが、責任回避でもある。
後に残された人達はどうなるのか。
若い人で簡単に”死にたい”と言う人がいるが、生きられるということは貴重なことだ。死んでしまってはどうにもならない。

 

 一人一人の色々な悩みがあると思いますし、私がその相談に乗って自殺を思いとどまらせることはできません。

死線もくぐっていない、その辺の専門家や司会者の言葉であれば全く響かないかもしれませんが、

一度死を覚悟した私の祖父の言葉を聞いて、

「明日からも生きよう」

と思ってくれる人が少しでも増えますと幸いです。

 

メディアについても、自殺者を追悼するだけでなく、

生きる意味や生きたくても生きられなかった人について

改めて報道することで、後追い自殺を防ぐことができると思いますし、

いたずらに視聴率を追うのではなく

ポジティブな面での社会への貢献に期待したいです。

 

昨年末、亡くなった私の祖父を追悼し、本記事を作成しました。